相模川の河岸に向かって砂利用軌道の跡を辿ります。

かつて軌道だった道たちへ

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鳩川に架けられた白鷺橋を渡橋し、住宅街の道に転用された軌道跡を進みます。
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道幅は拡幅されていますが(おそらく)、緩やかなカーブに軌道っ気を感じます。
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途中の側溝を覗きこんだりもしましたが、特に軌道に由来しそうなものは見当たりません。
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軌道跡らしく、ほぼ真東西に走る別の路地と違和感のある不思議な合流を見せた先は真っすぐで、交差する県道46号線が見えます…がその手前にはガードレールが構えています。
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ここで軌道跡はここまでの路地から外れ、今はただの消防団横の通路といった感じのスペースになっていました。
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ただそれは即ち、この短いダートが軌道跡そっくりそのままであるということです。
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!?
…路盤跡だけかと思っていたら、その手前に小さな橋台が残っていました。正直この部分の軌道に路盤以外の痕跡が残っているつもりでは構えていなかったので、喜び以上に驚きが勝ちます。
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現在地で表すとこのあたりです。県道の目の前です。

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待ってナニコレ!?!?!?!!?
(臭い茶番とか言わないでください、ヤラセみたいなこのプレイが書いてて楽しいんです…)
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レールだあああああああああああああ!
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よく「痕跡が無い廃線跡の方が萌える燃える」なんて私は各所でイキリ散らしていますが、やっぱり当時の遺物があると探索し甲斐があったというか、「現役当時に出会えた」喜びで興奮します。それも久々の軽便レールとなると路地裏で一人、テンション爆上げ状態です。
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目に入った瞬間駆け寄り、触ったり握ったりを繰り返します。。

サイズ感からして9㎏レールのコレは、軌道で使われていたレールだと思われます。(営林署絡みや大学演習林絡みでも無いので、わざわざ他所から持ってくるような代物では無さそう…)
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簡単には引き抜けないような深さ(頑丈さ)で仲良く2本が突き刺さっていました。これらは特に軌間に沿って刺さっている感じでも無く、また軌框として埋まっているといった感じではありませんでした。
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レールを拝み終えたところで、貴重な軌道跡を踏みしめて先へと進みます。
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県道に出た先にはちょうど座間市コミュニティバスの座間四ツ谷バス停がありました。
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軌道跡に沿って県道を渡ります。
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県道を越えた先の軌道跡は片道1車線半ほどはある広々とした舗装路になっていました。どうやらこのあたりで入谷駅から続いて来た新田宿入谷軌道と新座間四ツ谷軌道の3線軌条による単線区間は終わり、2路線が並走していたようです。

入口には褪せた立て看板があり、「相模興業」の文字があります。相模興業は砂利採取業などを営んでいた企業で、現在は名義を変え山での砂利開発などを行っているそうです。この地域では30年以上前に砂利採取をやめているようで、舗装がしてあるのは軌道廃止後にダンプで積み出しを行っていた名残だと思われます。現在は看板はあるものの、普通に地元住民の生活路として利用されている様子が窺えます。
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舗装は荒れ気味で、現在は誰も手直ししていないようです。
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少し進むとそんな舗装も途切れ、ちょっとしたバリケードが置かれています。
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未舗装の廃線跡が現れました。道自体は変わらず真っすぐ河川敷に向かっています。地図上には変わらず描かれている道ですが、車は到底入れそうにありません。
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普通鉄道なら単線分並みの廃線跡が続きます。写真右手が新田宿入谷軌道・左手が新座間四ツ谷軌道跡です。
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振り返った様子。舗装済みの区間はごくわずかでした。
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畑地の未舗装の軌道跡を抜けると専用道路(私道)区間も終わり、再び住宅街のちょっと広めな路地になります。
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相模川の河原が近づき、奥の景色が開けてきました。川の向こうの丹沢山地と大山がよく見えています。
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住宅を抜けると小さな十字路があり、その先で道の両端が開けました。どうやら旧河原の畑地に到達したようです。
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十字路の左右を見ると細い砂利道があります。ここから右手側が新田宿入谷軌道の廃線敷と一致しています。
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新田宿入谷軌道跡

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新田宿入谷軌道と新座間四ツ谷軌道の分岐点までやって来ました。四ツ谷方面は直進して河岸へ、新田宿方面は北に進路を取ります。まずは新田宿入谷軌道側を探索していきます。
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未舗装の砂利道が続きます。過去の地図などを比較するにこの道は相模川の旧堤防であったようで、当初は河原の作業用軌道であった新田宿軌道がこの場所に敷かれていたこととも整合性が付きます。ただ、どの座標からどの座標まで敷かれていたかまでは不明です。(これを先ほどの十字路まで延長して新座間四ツ谷軌道に乗り入れるようになったということは想像が付くのですが…)
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河川敷由来なのか…軌道敷由来なのか…
現在の河川敷から離れ、住宅が近づいてきましたがそれを縫うように軌道跡が続きます。緩やかなカーブが美しい道です。
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酒井や加藤の産業用DLが砂利運搬のトロッコ(鍋型トロッコ=ナベトロ)を連ねてトコトコと走る姿が想像できるような景色です。
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産業用軽便DLの例:(木曽大滝森林鉄道)※森林鉄道の機関車の為実際の機関車とは若干異なります。
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ナベトロの例:(三井三池炭鉱)※炭坑用のトロッコであるため実車とは異なります。
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旧堤防の緩やかなカーブに見とれていると、ちょうど堤防由来の小径は終わりました。
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先の景色です。
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河原までは車道に転用されているようです。
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ここから先は旧堤防を辿れなくなり、軌道跡が不明瞭になります。また採取場の痕跡も有りませんのでここから先は具体的な探索は難しいものと思われます。
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新田宿入谷軌道の探索はこれにて完了、続いて四ツ谷側の軌道へと向かいます。

【その3】に続く