ちょうど1年ほど前に公開した「久留里線 小櫃駅周辺旧線」探索。この時の探索は両日ともに天気が悪かったのもあってか、旧線の路盤や橋脚を見つけたものの、線形を変更したという0.1Kmの短縮区間を特定することが出来ませんでした。今回の記事はそんな探索にケリをつける内容になります。
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前回記事の執筆後、改めて過去の航空写真から旧線跡を紐解くことにしました。1947(昭和22)年に撮影された航空写真がこちらになります。改軌が1930(昭和5)年という事なので、17年経ってからの写真という事になりますが、ここには旧線の路盤がハッキリと映し出されていました。
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線に落としてみるとこのような感じです。予想…というか当初の探索時の想定よりもはるかに東側に湾曲していた事が判明しました。(何故最初によく確認していなかった…)
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…という訳で、前回記事のこの記述も、
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この記述も、全くのガセネタであった可能性がぐんと高くなってしまいました。申し訳ありません。
(ただし、これは本当に改軌と同時に線形を変更したという情報を基にしたものになります。もし仮に改軌より先に線形を変更していたというのであれば、これらが「線形変更後の改軌前路盤」という位置付けにもなり得るからです。)

第三回訪問

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おせんころがしの探索後の時間を利用して、小櫃駅に立ち寄ったのは夕刻。日没までの時間で調査していきます。
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まずは新旧線の合流地点を目指して小櫃駅南側を探索します。
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ちょうど旧線跡であろう位置からの写真です。ここが旧路盤だ!と見てはっきり分かるものは残念ながらありません。
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旧線跡をなぞれる道路からその先の旧線を眺めます。前の家屋がちょうど旧線跡に位置しているようですが、旧線としての痕跡はありませんでした。
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現在線を横目に旧線跡を辿っていきます。
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結局これといった痕跡を見いだせないまま、旧:御腹川橋梁の橋台が見えてきました。周囲の状況と航空写真を照らし合わせてもこの旧橋台は線形変更前の物と考えて問題は無いので、写真左手あたりから旧線が合流してきている物と思われます。
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御腹川。久留里線をくぐったすぐ先で小櫃川に合流する支流です。
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不動の痕跡としてその姿を留める旧橋台。
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川に落ちないように慎重に草木を掻き分けたその先は風化や目地痩せも比較的少なく、美しい状態で残っている部分を拝めることが出来ました。
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そして、これまで見落としていましたが、旧橋台の奥に見えている現在の御腹川橋梁のガーダがなんとポーナル桁でした。この鉄橋は改軌後の架設であるはずなので、1930(昭和5)年以降の鉄橋であるはずなのですが、このポーナル桁が架設されていたのは基本明治時代までであるはずなのでこれでは矛盾してしまいます。しかし鋼製ガーダにおいては各所からの転用・再利用の例が数多くあるため、今回はこの鉄橋は転用桁または改軌後の移設桁であると結論付けておきます。
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御腹川までの旧路盤探索をしたところで、今度は小櫃駅北側の旧線部分を探索すべく久留里街道を北上していきます。
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旧線跡の様子。駅前のこの道路、もしくはその横が旧線でした。
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駅の北側にやって来ました。
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おおおおおおおおお!!!!!
何も無かった南側とはうって変わって、北側はなんと線路横に出てすぐ路盤が残存していました。
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キロポストが近くにありました。ちょうど木更津から18キロあたりであるという事も分かります。
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やはり痕跡があるとテンションが上がって来ます。
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旧線と現在線の合流地点を突き止めるべく、県道160号のアンダーパスを横切り、さらに北とへ進んでいきます。
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アンダーパスの先の様子。路盤跡が次第に現在線に寄り添って行きます。
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旧線の路盤上の様子。このまま直進していくため合流地点まではもう少し…
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そして遂に旧路盤上をしっかりと含めるように用地境界柱が立っているのも確認できました。もうここが旧路盤とみて間違いないでしょう。
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前方に踏切が見えてきました。
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踏切上まで迂回してきました。小さな用水路が流れています。
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踏切から下郡方を見てみます。するとすぐ先に不自然なカーブがある事が確認できました。
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そう、このカーブこそが旧線からの付替え地点でした。開業当時の旧線は写真のように真っすぐ伸びてきていたはずなので、この位置で線形を替えた時に強引に曲げたのだという様子が読み取れます。
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そして想定される旧路盤方向にはしっかりレンガの橋台が遺されていました。
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というわけで、付替え区間の北側始点はこの「賀恵淵踏切」から少し北方の地点であるという事が判明しました。
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下郡側から賀恵淵踏切を眺めます。このように開業本来の路線(すなわち旧線)は直進でありました。
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第四回訪問

 ここまでの探索で小櫃駅周辺の旧線跡を特定することが出来ました。しかし実はこれだけでは少し疑問の余地が残ってしまうのです。今回の旧線跡は小櫃駅北方から小櫃駅を通って御腹川周辺で合流するといったものなのですが、そもそもの旧線の根拠である「小櫃駅~俵田駅間で-0.1kmの改キロ」という文面から考えると、小櫃駅北方の旧線はこの改キロには含まれていない可能性が高いのです。という事は、距離にも依りますがさらに南に旧線がまた別に存在する可能性が出て来ます。…という事で最後に念のため御腹川以南、俵田駅までの間で旧線跡が無いか調査しました。
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訪問前から目をつけていたのはこのカーブ。直線区間ではどう頑張っても距離は縮められないはずなので、可能性があるとすればこの曲線部分なのです。
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旧橋台を横目に久留里街道を南下していきます。
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そういえば前回、小櫃駅南側の新旧合流地点を見ていませんでしたがこの位置になります。
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カーブ区間の始まり、役場下踏切へとやって来ました。
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…すぐ真横に地図に無い道路が。
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これは…旧路盤!?
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境界柱も埋まっています。
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歩いて行くとやはり路盤であるようにしか感じられませんでした。小櫃駅周辺同様、これも付替え前の旧線であるかもしれません。
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カーブを曲がりきる前に道路は消えてしまいます。
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それでもその先には「それっぽい」用地が続いていました。
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今回の位置を地図に落とすとこのような感じになります。
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念の為俵田駅まで線路を辿りながら歩きましたが、役場下踏切からのカーブ以外で旧線を匂わせるようなものはありませんでした。これにて久留里線の旧線跡捜索は終了です。
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探索終了。

おまけ:上総山本駅跡

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 これまで調査しきた小櫃駅とそれより1駅手前の下郡駅はほぼ直線で3キロ離れているのですが、この2駅のほぼ中間にはかつて「上総山本」という駅が存在しました。久留里線全通翌年の1937(昭和12)年に、東横田駅と隣の下郡駅と共に開業したものの、10年後の1947(昭和22)年にこれら3駅は利用者が極端に少ないとして駅の存在意義を見直されてしまい、営業休止に追い込まれてしまいます。しかしその後下郡駅は1956(昭和31)年に、東横田駅は1958(昭和33)年にそれぞれ営業が再開され、現在まで存続しているのですが、上総山本駅だけは復活することなく1956(昭和31)年中に正式に廃駅となってしまいました。現在でも久留里線唯一の廃駅となっています。
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駅跡の様子です。久留里街道から続く左の勝手踏切が当時の駅入り口なのでしょう。
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上総山本駅がうっかり現役であれば…このような感じだったでしょうという駅名表再現です。ちなみに「上総○○」の廃駅という観点でも、路線ごと廃止されている上総片貝・上総高師・上総蔵持を除けば唯一廃駅となってしまっている駅名になります。
(こちらの駅名表は「Signe 駅名表ジェネレーター」の管理人様より許可を頂き制作、掲載させて頂いております。気になる人は無限に時間を潰して楽しめると思えるほど面白いので是非やってみてください。)
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駅前の勝手踏切。
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反対側からの様子。ここが駅入り口だったはずです。
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上総山本駅跡から小櫃駅方を眺めた様子。
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個人的にはカーブを曲がったこの位置に上総山本駅があったようにも感じるのですが、どちらが正しいのかは正直分かりません。
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かつての駅前にはその字も「山本」集落と圓明院というお寺があります。現在の利用客換算でそれぞれ156人、78人の東横田駅と下郡駅は休駅後復活したのにそれでも上総山本駅だけは復活しなかったという事は、相当利用客が居なかったのでしょうか。