日本の玄関口に残る闇の風景。

成田空港開港41年

 成田空港は、1978(昭和53)年5月20日に新東京国際空港として開港し、現在は政府の出資で設立された成田国際空港株式会社(NAA) によって民営化され、成田国際空港と改名し今に至っています。開港時から現在に至るまで日本最大の国際空港として日本の玄関口の役割を果たしており、羽田の国際化が進行してきた最近であっても新たにLCCの拠点などとして第3ターミナルが開業したのは記憶に新しい所です。しかし開港までの歴史は深く、今もなお大きな影を残しています。建設時に、開港を急ぐ政府と空港用地内外の土地問題や騒音問題を巡り近隣住民による激しい反対運動が起こり、さらに革命目的の左翼過激派が合流したことで運動は必要以上に過激化、警察との衝突による多数の死傷者を生じさせた他、多くのテロ事件が起こりました。当記事では成田闘争そのものには大きく触れませんが、開港から40年が過ぎた今回、そんな空港問題に関係の深い場所を訪問してみました。

空港関連の廃村

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市内の空港ほど近くには成田空港開港後に移転し、廃村となった集落が点在します。今回は某所にある廃集落を訪れました。この集落は空港の開港以降に廃村となり、現在は千葉県とNAAが保有しています。
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住居跡の広場。
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この集落は水道が整備されることが無く廃村となったようで、古井戸がかなりの数残されていました。ちなみに表示されている「千葉県企業庁」も既に過去のものです。
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瓦が転がっています。石段(今回は撮影出来ていません)や家の土台は残されているのですが、この集落跡に建物は一切ありません。
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古井戸にも年代差があるようで、コンクリートの筒状になっている井戸もあれば、掘ったままの形を残しているものもあります。こちらは柵がなく危険なように思えますが、埋められていました。
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人が消えた集落は生い茂る竹に飲み込まれ、昼でも薄暗く少し不気味です。また朝6:00を過ぎると離着陸する飛行機の耳をつんざく爆音がひっきりなしに鳴り響きます。昔の飛行機だとさらに音が煩かったはずなので、開港後に人々が村を離れるのも頷けます。
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廃村から恐らく40年近く経過していますが、写真のように辛うじて道の場所は分かります。
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またまた古井戸がありました。こんどは試しに石を投げ入れてみましたが、音は聞こえませんでした。枯れているからでしょうが、かなりの深さがあり、危険極まりないことは間違いありません。
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鬱蒼とした竹林をさ迷っていると、集落内で一番太い道に出ました。一応車の轍が見えており、人の息遣いに少し安心しました(?)。この道は集落の中心地を突っ切っているので、これに沿いながら探索を続けていくことにしました。
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廃道感が良い雰囲気です。(長らく探索の相棒としているコンデジの調子が最近悪く、暗いところだとどうしてもピントが合わなくなっています。)
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集落内のあちこちにはまとまった形で空ビンが棄ててあります。ゴミがあるのは集落跡(+不法投棄)なので自然なのですが、どうもビン(特に一升瓶)が目立ちます。確証はありませんが、反対派が用いる火炎瓶用に誰かが貯めていたのではと土地柄でどうしても邪推してしまいます。
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墓場の跡地。小高い場所にあり、少し明るい場所です。罰当たりですので墓石を踏まないように気を付けながら進みます。
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サイレント古井戸再び。
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集落の中心地を外れていくと切通しが現れます。倒木も多く、さすがに車はもう通れなさそうです。
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切通しを抜けた先で集落の回りを沿う道(もちろん廃道)と合流します。
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光と現役の建物が見えたところで探索は終了です。


東峰地区周辺

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成田空港に近い「東峰地区」には「東峰神社」が鎮座しています。
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神社の回りがことごとく囲われている以外は違和感の無い普通の神社ですが…
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神社の上空すれすれをあり得ないほど至近な距離で飛行機が通りすぎて行き、かなりの迫力を感じました。
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そう、(ご存じの方も多数いらっしゃるでしょうが)この東峰神社の敷地は神社の敷地は、滑走路や誘導路などの空港敷地の中にあるのです。
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碑の裏側には塗りつぶされた文字があり、はっきりと読めます。実はこの神社、元は県内の津田沼にあった伊藤飛行機製作所の工場敷地内に、「航空神社」という神社名で空難事故者の供養の為に建立されたもので、戦後に現在地に移設されてから「東峰神社」と名乗るようになりました。この「航空」の名前と成田は無関係で、故に移設時に改名されたのですが、その後この地に空港が建設される事になってからというもの、現在に至るまで空港反対運動の象徴のように扱われているのは皮肉が効きすぎているような気がします。(航空神社自体は現在別の場所に移設されています。)
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神社ならはB滑走路に着陸する飛行機がよく見えます。最近では飛行機撮影のカメラマンがよく訪問しているようです。
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市道から入る道はこのようになっています。神社までは一本道で、有刺鉄線のある柵には多数の人感センサが設置されており、柵の内側からは常に警備員がこちらを監視しています。日本一警備の厳しい神社といえます。
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ちなみに神社に向かう道が分かれる場所の近くにバス停があります。
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ルートはいくつかありますが、本数はかなり少なめです。
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東峰神社を後にし、道を歩いていくと唐突に視界が開け、このような看板が目に飛び込んできます。
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ここは空港建設反対運動を継続する農民の未買収地です。東峰神社と同じように柵に囲まれている様子が箱庭のようですが、人が住んでいる場所です。東峰地区をはじめ、成田空港周辺ではまだこのような土地が点在し、まさに陸の孤島のようです。
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警告看板がたくさんあり、物騒な雰囲気がまだまだ色濃いです。
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集落内の様子。一応農産品の販売があるそうなのですが、部外者が入るだけで職務質問されたりと面倒なことになりそうなので奥に行くのはやめました。
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一般車よりも警備の車が多く通過します。
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実態は分かりませんが、この「三里塚物産」ではらっきょうの販売をしているそうです。
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東峰地区はかつて闘争が激化していた時期に、数多くの死傷者を出した最大級の事件である「東峰十字路事件」の舞台でもあり、ずいぶんと平和になった今でもどことなく張りつめた空気感が広がっていました。
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隣の天神峰地区にも同様な場所があります。こちらも現在は静かな場所になりつつあり、無闇に刺激をしなければ訪問に問題はありませんが、闘争は過去の出来事ではなくまだ終わってはいませんので、なんの気兼ねもなく遊べるような場所では無いという事は注意が必要です。
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面白い光景ではありますが、いつの日かこの成田空港の闇が完全に消え去る日は来ないものなのでしょうか。

探索終了。