外房最大の難所と言っても良い「おせんころがし」を取り巻く旧道&廃墟群を探索します。

難所「おせんころがし」

 日本の難所には古くから特徴的な地名が付きました。更に興味深いことに「海沿いの崖」には何かしらの伝承話が伝わることが多いものです(親不知・子不知など)。今回の探索地は外房、古くは安房と上総の境目の近くに位置する地、行川周辺の「おせんころがし」と名付けられた難所周辺の交通路の変遷を辿っていきたいと思います。ここの周辺は標高の低い割には急峻な岩山が海に突き出るようにそびえており、古くから交通の難所でした。
 現在この「おせんころがし」を通っている道路は外房を代表する幹線道路の国道128号線であり、1876(明治9)年に県道「房総東往還」が開通したのをきっかけに外房沿岸の大動脈として機能する道路となります。
 特に「大沢」(おおさわ)から「浜行川」(はまなめがわ)にかけては

・~明治期開業の道(海沿いの旧々道)
・大正10年開業の旧国道(大沢集落を抜ける道)
・昭和44年開業の現国道(おせんころがしトンネル・大沢橋)

と3世代の道が変遷、交錯する場所であり、今回はこれをメインに探索します。
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探索に入る前に、(旧々道は分かりにくいですが)周辺の地図を貼っておきます。

探索開始(2017.1.20)

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 当日は風の寒い雨の日。スタート地点は外房線随一の秘境駅・行川アイランド駅。明日からこの地を走るSL列車の宣伝が貼られている小さな駅舎ですが、新しい様子でした。
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駅前の看板にはこの地の二大観光地の行川アイランドとおせんころがしが描かれていますが、行川アイランドは既に閉鎖済(1990年代)。こちらの廃墟へ向かうには駅前から二つのルートが存在し、どちらも閉鎖されているとのことで内部への潜入は出来ないはずなのですが、どうにかして入れるルートは無いのかと急遽寄り道を決意。好奇心が僕の悪い癖です。
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 行川アイランドの入り口。かつての駐車場がそのまま残っており、だだっ広い舗装された土地が広がっています。
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 中にはこんな立て看板が。なるほど、こんな再利用方法があったのかと思わず感嘆。
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先ほどの看板のすぐそば、駐車場からアイランド内へ向かう車道に掲げられている「立入禁止」の看板。車に対しての喚起で「立入禁止」とはあまり使わないよなと思うと同時に、消えかけた左の文字が目に入りました。どうやら立入禁止の理由を書いているようなのですが…

「プールサイドすべりどめ加工のため」
??…プールサイド??ここで??
 内部については全く未踏なので詳細を知らないため、本当に車に対しての勧告なのかもしれませんが、おそらくこの「立入禁止」看板君は廃園後に、施設内のどこかから移設されたものである可能性が高いです。だとするとこれは行川アイランドの現役時代を知る生き証人…なのかもしれません。
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 駐車場に残る施設のうちの一つ。
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中にはトイレの便器と洗面台が確認できました。
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 他に特に看板はありませんでしたが、車道側で「立入禁止」と言われている以上、「プールサイドのすべりどめに影響を及ぼさないよう」に、徒歩道の階段でアイランド内部方向へ歩いてみます。
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 登り切った先に意味深な台座を発見。ここが入場口(チケット切りの場所)だと思われます。
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 上がった先のメインゲートであるトンネルは、補強に補強を重ねたようなバリケードで囲まれており、すり抜けは不可能でした。まだ廃業から20年弱であるので、トンネルそのもの自体には危険な様子は見られませんが、ここから入ろうとする人間を防いでいるのでしょう。
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 国道を南下した先にもう一つゲートがありましたが、こちらも封鎖されていました。一応高巻きを試みましたが、足元が悪くこちらは断念。これ以上どうしようもないため、晴天時のリベンジを自分に誓いつつ、行川アイランドへの寄り道は終了し、本題のおせんころがしへ向かいます。ここからはおせんころがしを経由した旧々道を大沢まで踏破し、そこから旧道を抜けてぐるりと一周してくるという計画で動きます。

 現道をしばらく行くと「ホテル行川」という看板が立っており、そこから脇に入った先でホテル方面から左へ分岐する小路がおせんころがしにつながる旧々道になっています。が、しかしここでこの分岐よりもう少し手前の国道側に、更に左奥へ入る分岐を見つけてしまいました。しかもそれが舗装路であったため「もしかしたら行川アイランド内に入れる…?」と期待(未だに中へ入るのを諦めきれていなかった)して再び脱線してしまいます。

※ちなみに先にネタをばらしてしまうと、この道自体はアイランドにもおせんにも全く関係が無く、別のモーテルの廃墟があるだけなので無意味でした。私の迷走にしばしお付き合い下さい。
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フェンスの横から失礼し、分岐から中へ少し進んだ所から見つけた分岐点を振り返って撮影。入り口はフェンスでふさがれていてこちら側に入ることが出来ないようになっています。
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数十m進んだところで再び振り返って撮影。
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撮れていない箇所には笹薮が深いところもあり、また足元が大量の雑多なごみと泥濘でズブズブしていたのもあって行きは進路の確認で手一杯だったので、写真は帰路に撮った関係上後ろ向きの写真になっています。
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モーテル跡と言っても、土台と大量のごみのみが放置されているだけの空き地です。
物凄く大量にあったミルワームの空き箱でゾッとした程度で、他のごみは「こういうところに」よくあるやつ(缶ビン、靴やジャンパー、タイヤなど)ばかりでこれといった特筆物も無いといった感じでした。
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大きなものはこの椅子程度。
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そんな中唯一残っていた建築物を発見。倒れ掛かった木製の電柱です。
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そして、行き止まりのモーテル跡の奥の急斜面を更に這い上った先にぽつんと碑が立っていました。
恐らく、今回探索している浜行川と大沢の二つの集落(というか浦そのもの…?)の境界を示していると思われる(「見透扣杭」ってなんだ…?)碑だと思われます。

初回に探索に入れないとかいうレベルでかなりグダグダですが、次回こそきちんと探索します。

続く
※この記事は2018年1月28日に加筆修正しました。