千頭森林鉄道の序盤のみの探索。最後に井川線千頭駅の様子を見てきました。

千頭林鉄の地図です。現:千頭駅が「千頭土場」と名付けられていた事からも分かりますが、森林鉄道現役時には一帯の木材の積み出し・積み降ろしの拠点として栄えました。今でも川根本町の中心地としての役割を果たしており、井川線の起点・大井川本線の終点となっています。

千頭駅に到着。もう日没間際のため、ささっと見て回ります。

井川線の踏切。
沢間までが3線軌条でした。これとは関係ないはずのカーブ用の脱線防止ガードレールがいかにもな雰囲気を見せています。もしかしたら転用されていたりはするかもしれません。
…と、ここでせっかく千頭まで来たので、ここからは千頭駅で見かけた井川線の車両をざっくりと紹介することにします。ちなみに現在井川線では、機関車がアプト用のED90形と、その他の区間のディーゼル機関車であるDD20形の2種が、客車はクハ600形・スハフ500形・スロフ300形・スロニ200形・スハフ1形の5車種が、貨車はcワフ0形 ・cト100形・cトキ200形・cシキ300形が使用されています。
1990年にアプトいちしろ~長島ダム間のアプト式運転区間が完成した際に、機関車を常に列車の千頭方に連結することになりました。この場合、井川方面の列車が機関車の後押しとなるため、機関車反対側の制御車として同年に製造されました。トップナンバーのクハ601はスロフ310からの改造ですが、クハ602 ・603・604はcトキ200形の台車を流用した新車です。1990年以降の井川線の全旅客列車で使用されています。


(保存車の様子。定員は立席なしで40名だそうですが…?????)


井川線千頭駅構内。木材の積み降ろしがどこかで行われていたはずです。
井川線ホームに掲げられていた看板。
森林鉄道の文字が残存しています。
追記:探索のその②で取り上げたこの謎のスペースですが、どうやらここには千頭営林署・北千頭担当区の事務所が置かれていたそうです。貯木場やヤードもあったかもしれません。
探索終了。
今回の①、②、③の探索で、沢間の起点から2本のトンネルを抜け松崎までの区間を探索しました。沢間の分岐点から千頭までは現・井川線と線路を共用している(いた)ため、実踏することはできないのでカットしていますが、最後に時間があったので千頭駅周辺を少し覗いてみました。

千頭林鉄の地図です。現:千頭駅が「千頭土場」と名付けられていた事からも分かりますが、森林鉄道現役時には一帯の木材の積み出し・積み降ろしの拠点として栄えました。今でも川根本町の中心地としての役割を果たしており、井川線の起点・大井川本線の終点となっています。

千頭駅に到着。もう日没間際のため、ささっと見て回ります。

井川線の踏切。

…と、ここでせっかく千頭まで来たので、ここからは千頭駅で見かけた井川線の車両をざっくりと紹介することにします。ちなみに現在井川線では、機関車がアプト用のED90形と、その他の区間のディーゼル機関車であるDD20形の2種が、客車はクハ600形・スハフ500形・スロフ300形・スロニ200形・スハフ1形の5車種が、貨車はcワフ0形 ・cト100形・cトキ200形・cシキ300形が使用されています。

(ずらっと並ぶジャンパ栓が圧巻)
クハ600形客車(奥)
クハ600形客車(奥)
1990年にアプトいちしろ~長島ダム間のアプト式運転区間が完成した際に、機関車を常に列車の千頭方に連結することになりました。この場合、井川方面の列車が機関車の後押しとなるため、機関車反対側の制御車として同年に製造されました。トップナンバーのクハ601はスロフ310からの改造ですが、クハ602 ・603・604はcトキ200形の台車を流用した新車です。1990年以降の井川線の全旅客列車で使用されています。

(現在唯一稼働中?のスハフ501)
スハフ500形客車
スハフ500形客車
大井川鉄道井川線として旅客営業を開始してしばらくすると、観光客が増加したため専用線時代からの客車では不足するようになりました。その際に井川線では、後述のスロニ200形や、今回は撮影出来なかったスロフ300形といった形式の客車を新造して対処しましたが、それでも追い付かず、しまいにはcトキ200形などの貨車に乗客を乗せるといった事態が発生していました。そこで1972(昭和47)年にその貨車であるcトキ200形から改造されたのが本形式です。当初は雨ざらしの格好であったそうですが、1976(昭和51)年に窓ガラスを取り付け、スロフ300形と同様の客車スタイルに改造されました。スハフ501~503の3両が在籍しましたが、老朽化によってスハフ502はスロフ317へ更新改造されたため、現在では501・503(休車)の2両のみが予備車扱いで在籍しています。

(スロ二201)
スロニ200形客車
スロニ200形客車
井川線が中部電力専用線から大井川鉄道に移管された際の初の新型客車で、観光鉄道としての目的で製造された最初の客車です。1961(昭和36)年にcトキ200形の走行機器などを利用して2両が製造されました。現在でも主力の同じ荷物併用車のスロフ300と共に活躍しています。

(保存車のスハフ5)
スハフ1形客車
スハフ1形客車
中部電力専用鉄道時代に製造された最古参の車両で、1953(昭和28)年に帝國車輛工業でスハフ3~7の5両が製造されました。(1~2は来客用のスロフ1形・現在引退。)作業員輸送のために製造されたオープンデッキ客車で、当初座席はすべて板張りであったという野趣あふれた、もとい本来の林鉄や工事軌道要素を色濃く残す客車です。1984(昭和59)年のスハフ3から置き換えが進み、現在ではイベント用としてスハフ4・6の2両が在籍しているにとどまり、定期運用は持っていません。また放置されていスハフ7は2012年10月に、千頭駅に隣接する道の駅「音戯の郷」に引き取られ、保存されました。


そして入替中?に偶然見ることが出来た現役車・スハフ4。窓の改造などは施されていますが、あくまで他の観光用客車からは一線を画している林鉄感?が非常に格好良い車両です。

(DD203 "BRIENZ" 唯一の原色車。)
DD20形ディーゼル機関車 1982年から導入したディーゼル機関車で、1986年までに6両が製造され、井川線の全列車の動力車として使用されています。日本向けの鉄道車両では初めてカミンズ社のエンジンを採用した車両で、海外の機関車に合わせ「ロートホルン」という愛称が付けられています。
(トーマス貨車に改造・車番不明)
cト100形貨車

cト100形貨車
貨車の形式名に付された「c」は、中部電力所有の私有貨車であることを示しています。cト100形貨車は、101~150の合計50両が、1954(昭和29)年4月の井川線堂平全通に備えて製造されました。井川~堂平間が廃止され1971(昭和46)年以降は余剰となり、今では10両に満たない数両が残存しています。写真の貨車は、122,123,124,125あたりのどれかだと推測しています。

井川線千頭駅構内。木材の積み降ろしがどこかで行われていたはずです。

井川線ホームに掲げられていた看板。

森林鉄道の文字が残存しています。

探索終了。
本記事(連載の場合全編)での参考文献など(敬称略):
・小野田滋「鉄道構造物探見」(JTBキャンブックス)
・谷田部英雄「賛歌 千頭森林鉄道」
・林野庁「森林鉄道建設規定」(昭和28年12月28日通達)
・林野庁「国有林森林鉄道路線データ」
・谷田部英雄「賛歌 千頭森林鉄道」
・林野庁「森林鉄道建設規定」(昭和28年12月28日通達)
・林野庁「国有林森林鉄道路線データ」
・平沼義之「山さ行かねが」(http://yamaiga.com/)
本記事中(連載の場合全編)で使用した地図・航空写真:
・国土地理院 地理院地図(電子国土web)(加工は筆者によるもの)
・国土地理院 地理院地図(電子国土web)(加工は筆者によるもの)
写真:特筆事項が無いものは本記事中(連載の場合全編)全て筆者/同行者による撮影
執筆:三島 慶幸
執筆:三島 慶幸
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