【前編】では、東武鬼怒川線の前身である下野電気鉄道・下野軌道が国鉄駅へと接続する目的で、現在の大谷向駅から今市駅前まで運行していたという路線が果たしてどのようなルートであったかを模索し、現在の定説である「曲線ルート」では無い新ルート「直進ルート」を提言しました。今回は検証を行う前に、その「直進ルート」説の実地調査を完了させようと思います。
前回発見した謎の石台から航空写真に見えた路線のライン。実際にその場所へと向かってみます。
土台のあった所から再び日光線のガードを潜り、坂を上っていきます。
交差点からアプローチするためにひたすら神社の右手側(東側の)の道を進んでいきます。
さて、最初の地図でいうところの「路線のライン」が見えている神社の西側へやってきました。
奥の方へ進んでみると…

脇の塀の根元には意味深な石の柱がありました。境界柱である可能性があるような形をしているように感じました。

思いっきり路盤!隠す気すらない(?)!
先ほどの写真左下にあった境界柱。
「司」という文字の刻まれた境界柱は司法の「司」として裁判所の敷地の隅に置かれている例があるそうですが、ここでの「司」はおそらく神社に関わる「司(つかさ)」を表していると思われます。
完全にその姿を現した路盤跡(を再利用した駐車場的なもの)がひたすら続いていきます。路盤跡部分に建物があっても判別に難しさはありません。
さらに先へと進むと、別の敷地と合わせて拡幅された駐車場に出ました。興味深いことに、ちょうど路盤の区割りを教えてくれるかのようにフェンスが建っています。土地の所有者や所有の時期が異なったためか、今もこの一見無意味なフェンスが建っているのだと思われます。
路盤は直進を保ったまま日光街道(国道119号線)を横切っていきます。
国道からその先を眺めると…
完璧だ…
その先も駐車場として路盤跡がくっきり残っていました。
もはや赤い点線を画像に落として示す必要が無いレベルの鮮明さです。
埋まってしまっていて何を示しているのか分かりませんが、ここにも境界柱がありました。
文字が読め取れなくても境界柱があるということは、ここが隣接する住宅の土地では無い別の管理下の土地ということを示しています。
途中で道幅が広くなり住宅が現れましたが、アスファルトの異なり方などから住宅正面を横切るようなラインを確認することができます。
その先も駐車場になっています。駐車場というのは廃線跡の路盤の再利用方法としてメジャーなものであり、分かりやすいことから跡地を探索する手助けにもなります。
振り返って撮影。
その先では駐車場が大きく広がってしまい、具体的な路盤幅を特定するには至りませんでした。
とりあえずまっすぐ直進すると、その先にも駐車場がありました。
ここから先では路盤が消滅しているため、「新今市駅が今市駅ロータリーに乗り入れていた」という情報を基に推定ラインを引いてみます。実際に手前の駐車場が少し斜めに角度を付けて今市駅方面へ向かっているのは確認できますが、ここから小川を渡った後にカーブしてロータリーに横付けしたのか、直進してロータリーに「突っ込む」形になっていたのかは不明です。
流れている小川の手前まで接近。これまでの駐車場のようなはっきりとした形の路盤はここでは特定できません。
暗渠と明渠を繰り返しながら小川が流れており、今市駅前の遊歩道兼憩いの場所として整備されています。
JR今市駅が見えてきました。
ここにも境界柱と思わしき物体がありましたが、何のものであるのかは分かりませんでした。
今市駅前に到着しました。
路線が乗り入れて来ていたと考えられる方角を眺めます。ここも痕跡はありませんでした。
今市駅構内。下野電気鉄道・軌道線が構内に乗り入れていたという記録は確認されていません。
日光行きの電車。前まで走っていた107系はもはや形式自体が消滅へ向かいつつあります。俗にいう「メルヘン顔」の205系が走っており、京葉線で活躍していた時代を思い出し懐かしさを感じました。
最後に念のため、当初推定していた道なりのルートについても歩いてみることにします。
予想通りこちらには痕跡はありませんでした。
話が逸れますが、この道中に1ヶ所木製の電信柱が現役で残っており、これには少々感動しました。
再び報徳二宮神社を横切り下今市駅へと戻ります。
下今市駅に到着しました。
これで実地調査については以上になります。
路盤跡出現?




道中の標識には今は亡き今市市を今に伝える…ステッカーが残っていました。今市市は2006(平成14)年3月に日光市に編入されたため、それ以前のものとなります。

奥の方へ進んでみると…

これはあるかもしれないぞ…
奥が石台、大谷川方面です。直線的…とも言い切れないような微妙なカーブ具合がより路盤跡のような雰囲気を醸し出しています。
奥が石台、大谷川方面です。直線的…とも言い切れないような微妙なカーブ具合がより路盤跡のような雰囲気を醸し出しています。


神社の脇の確認が済んだところで路地へと戻り、終点の今市駅ロータリーが待つ先へと進みます。
ここからは住宅や商店の中を抜けていくのですが…
ここからは住宅や商店の中を抜けていくのですが…

思いっきり路盤!隠す気すらない(?)!

「司」という文字の刻まれた境界柱は司法の「司」として裁判所の敷地の隅に置かれている例があるそうですが、ここでの「司」はおそらく神社に関わる「司(つかさ)」を表していると思われます。



国道からその先を眺めると…

その先も駐車場として路盤跡がくっきり残っていました。


文字が読め取れなくても境界柱があるということは、ここが隣接する住宅の土地では無い別の管理下の土地ということを示しています。



振り返って撮影。













話が逸れますが、この道中に1ヶ所木製の電信柱が現役で残っており、これには少々感動しました。


これで実地調査については以上になります。
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