鉄道建築物の中でも非常に奥深い世界であるレンガ造りの危険品庫。その中でも面白いものをいくつかピックアップしてみました。

レンガてつの危険品庫(油庫・ランプ小屋)

 危険品庫。その歴史は明治時代の鉄道黎明期にまで遡ることが出来ます。電灯が無かった当時、客車の車内照明から駅の照明、信号灯、作業灯に至るまでの各所には灯油ランプが多く使われていました。そしてこれらの燃料である油類(危険品)を保存するために駅に置かれたものが「危険品庫」「油庫」「ランプ小屋」と言われるものです。危険品庫は大正時代あたりまで煉瓦造りが主流で、日本中のあちらこちらの駅に置かれていました。しかし、電気照明の普及から業務用の灯油カンテラと燃料の収蔵用途が減少し、これら危険品庫は次第に本来の用途を失っていきました。現在残っているものの多くは一般の倉庫として使用しているか、または放置しているかといった状況で次第に姿を消しています。(※) また危険品庫自体にしても近代的なコンクリートやモルタルによる物の方が遥かに多く、煉瓦造りの物となると中々希少なものになっています。

※特殊な例としては山陽本線通津駅の危険品庫がトイレに改装されていますが、このような転用は滅多にありません。
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煉瓦の積み方を軽くおさらいしておきます。鉄道建築物におけるレンガ積みの様子を確認するとなると、山奥のトンネルを調査したり、駅間にある橋の橋台、橋脚を調べる…と結構訪問に手間が掛かってしまうものですが、危険品庫であれば駅構内に造られているため、レンガを簡単に観察することが出来る…というのも危険品庫の魅力の一つです。
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鹿児島本線・大牟田駅の危険品庫。形状もサイズもオーソドックスなタイプですが、今では日本各地で駅改築や建て替えに合わせてレンガの危険品庫自体が撤去されることが進んでおり、車窓から見えたなら降りて見に行っても良いほど一見の価値はあるでしょう。(もしかしたらこれまで発見されていなかった「名品」が出るかもしれません。これに関してはそこまで趣味人が多くないので意外とあります…)扉が近代的なシャッターに改造されていて少し残念ですが、これはこれで危険品庫として今でも現役の証。多少形は変われど「使われてなんぼ」なものなので良しとします。
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こちらは関西本線・加茂駅の危険品庫。他の駅の物と比較してかなり大きなサイズであるのが特徴で、右側の建物と比較しても一目瞭然です。(ひょっとしたら一般的なサイズの3~4倍になるかもしれません。)建物資産標には1897(明治30)年10月との記載があり、関西鉄道(大仏鉄道)として開業した時の物であるといわれています。所々に痛みが見られますが、上部にひさしが付けられた扉は木製のままです。
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武豊線・半田駅の危険品庫。半田駅にはこれよりも有名な跨線橋(当時のままの物では日本最古)があることで有名ですが、その跨線橋の端にはオランダ積みの危険品庫も残存しています。正方形に近い見た目といい、寄棟屋根といい、まるで古い交番のような見た目が特徴です。扉も原型に近い様子ですが、周囲の状況から察するに使用はされていないように思えます。ちなみに建物資産標の記録では1911(明治44)年12月建設と、駅開業よりも後の建築となっています。

「最古の鉄道建築物」の危険品庫?

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現存する鉄道建築物の中で最も古い建物が、危険品庫であるということで、その危険品庫が置かれている奈良線・稲荷駅へ向かいます。
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それがこちら。見た目はよくあるタイプのイギリス積みですが、記録によるとこの危険品庫の設置年は1879(明治12)年10月。日本初の鉄道開業からわずか7年後の建物だというのです。
稲荷駅は1879(明治12)年に、京都~大谷間の鉄道が開業した際に開設され、東海道本線の駅として開業しました。しかし東海道本線は1921(大正10)年に経由を変更。現在の路線に切り替えられてしまいました。その後残された京都~稲荷間は奈良線に編入され現在に至っています。その経緯から考えれば1879(明治12)年設置というのも同駅の開業年と一致しており、整合性があると思われます。しかし当時の一部記録によれば、稲荷駅は開業当初からは危険品庫を設置していていないとされており、本当に鉄道建築物の中で最も古い建物なのかというのには疑問の余地が残っています。
…というのも、これらの危険品庫には建物資産標が貼られているのですが、肝心のこの資産標が信憑性に欠ける事案が多く、資料の逸散により公式の建築年と実際の建築時期が混乱しているものが多いのです。中には駅開設より前に建設された(?)という意味不明な記録になっているパターンもあり、本来の建築年を特定するのは困難を極める場合があります。今回の稲荷駅の例も、実際には駅の開設時には存在せず後に設置されたか、建て替え前の危険品庫の建築年をそのまま引き継いでしまった…と現在では考えられています。

幻!フランス積みの危険品庫

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やって来たのは東海道本線・原駅。ここには日本に2つしかその存在が確認されていない希少な危険品庫があります。
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それがこちら。外から見るとペンキで上塗りされており、かなり目立ちません。
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駅ホームから見てもゴミ箱の後ろにあり地味な印象。でも…
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なんとフランス積みの危険品庫なのです。フランス積みは、その見た目の美しさから一般の建築物では多用されましたが、強度に問題があるとされ鉄道建築物では滅多に使用されませんでした。
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建物資産標によると完成は1900(明治33)年3月。
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何故フランス積みが採用されたのかは未だに謎のままです。
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ちなみに確認されているもう一つのフランス積みの危険品庫は、なんとこれまた近くの藤枝駅にあります。1532300953487
こちらは原駅よりさらに大型かつ建造年の古い1889(明治22)年4月とのこと。ご近所なので両方合わせて訪問してみても良いでしょう。

震災に耐えた危険品庫

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岩迫隧道の記事で触れましたが、震災に耐えた危険品庫が常磐線・小高駅に残されています。
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表記類からして現役と思われます。常磐線の危険品庫は震災によって坂元駅の物は津波により滅失、佐和駅の物は倒壊してしまいましたが、小高駅の危険品庫は震災を乗り越え、被災から7年が経った今も現存しています。
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さらに驚きなのが、ここの危険品庫が長手積みであることです。これは先ほどのフランス積みに次いで希少な組積タイプです。他の駅では水戸線・福原信越本線・三条(ここは変形長手積みのフレミッシュ・ゴールデンボンドと呼ばれるもの)などに残されています。
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建物資産標によると完成は1898(明治31)年。日本鉄道磐城線として開業した当時の物と考えれます。
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そしてさらに特徴的なのが屋根の形状。丸く弧を描いたタイプになっています。丸屋根タイプは常磐線の他、東北本線の白石、桑折、伊達、松川、氏家など見られます。これは旧:日本鉄道特有の屋根タイプ(日鉄調丸屋根)であり、1906年の鉄道国有化以前の貴重な生き証人であると共に、この危険品庫の個性を強めています。
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雑な写真で申し訳ありませんが、その他の日鉄調丸屋根現存駅の様子です。このように丸屋根を改造した例もちらほら見られます。(東北本線・片岡駅)
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所変わってこちらは水戸線・福原駅の危険品庫。先ほど述べたように長手積みが特徴的です。扉の上がガッツリ補強されています。他の駅の危険品庫を見てもここの補修がなされている駅がとても多く、どうやら扉の上が構造上のウィークポイントであることが煉瓦造りの共通点であるようです。扉の上の処理がとてもカッコいいんですけどね…
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水戸線は水戸鉄道として開業し、1890(明治23)年に福原駅を開業させています。しかし翌々年の1892(明治25)年に水戸鉄道は日本鉄道に買収されています。日鉄であれば丸屋根が特徴のはず…という事はこれは開業時に水戸鉄道が造ったものなのでしょうか?
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資産表によれば煉瓦積み危険品庫の中では後期寄りの1913(大正2)年に建築されたそうです。それであれば1906(明治39)年に国有化され、官設鉄道になってからの建設という事で丸屋根でないことも頷けます。駅によっては需要に合わせて後年建設されることもよくあるようで、(詳しいことは調べていないので本当に合っているかは分かりませんが)水戸線開業後に新たに設置された福原駅も開業当初は比較的簡素な駅構造だったものが需要の増大に合わせて設備が強化されて行ったのかもしれません。
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改札外からの方が良く組積を眺めることが出来ます。それにしても何故唐突に長手積みを採用したのかはやはり謎に包まれていると言えるでしょう。1913年といえば東京駅完成間近ですが、色々と「映える」組積法を試してみたりしたのでしょうか…(????)