遂に最奥に眠る隧道へ到達…

小坪井林用軌道(第一次)[0 1 2 3 4 5 6 7 補足 番外]
小坪井林用軌道(第二次)[0 1 2 3 4 5 番外]
小坪井林用軌道(第三次)[0 1 2 3 4 番外]
小坪井林用軌道(第四次)[0 1 2 3 4 5 補足 番外 ]
小坪井林用軌道(第五次)[0 1 2 3 番外]
小坪井林用軌道(第六次)[0 1 2 番外]
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で、出たあああ!出やがった!お出ましだ!
隧道のお出ましだ!
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ふるさと物産館前の探索起点から前進することおよそ3時間(※)、ついに隧道前に到着しました。

本坪井隧道(小坪井第二隧道)(仮称)西坑口
施工年:1933(昭和8)年以前←同区間の開業年
材質:地岩
工法:手掘り
全長:推定値・約289m(※1)
断面形式:不明(不定)

迫石・迫持:無
要石・
笠石:手掘りなので無し
扁額類:
帯石・パラペット(胸壁)・ピラスター(壁柱・控壁):手掘りなので無し
ウイング(翼壁):無
インバート(仰拱):不明
所属・管轄:旧東京営林局千葉営林署
使用終了年:1946(昭和21)年
使用終了理由:路線の廃線
経年:85年以上・実働16年

(※1):算出データ↓
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(※適宜休憩や道草を食っていたため3時間ぶっ通しで歩いていた訳ではありません。)

それでは早速…
入洞!
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まずは入洞記念に振り返って一枚。今回の探索においての私の最大目標は「最奥に眠る隧道の攻略・踏破」であったので、終始興奮しています。。
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入洞の第一印象、というか感想は全員が同じ一言でした。
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…コレ、相当長くね?
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隧道内での大きな屈曲は無く、よくよく見れば出口が小さな光の点として見えますが、やはり長い、そして狭い…(ちなみにトンネルの大きさは通常の林鉄レベルか、一回り小さい程度です。)
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距離などの情報は事前に知っていましたが、総延長およそ300mというのは一般的な林鉄のトンネルの中でも長いモノで、実際に入るとその長さがその数字以上に強く感じられました。
…それにしてもよくこんな穴がひっそり眠っていたな!それも千葉に!
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壁面には水面を表す線が出来ていました。沢やダムの水が増水する時期にはこのトンネルは水没しているのだと分かります。
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水没の影響は壁面の線だけでなく、足からも感じられます。下にはかなりの量の泥が溜まっており、歩くたびに足元を奪われました。
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手掘りで岩を刳り貫いた天井からは、ときどき水が滴り落ちて来ます。
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待避坑!
進むこと100メートルほどの地点で待避坑を発見。退避坑とは、列車通過時に保線作業員などが退避する横穴の事。このトンネルに線路が敷かれていた事を示してくれる数少ない証拠です。
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もう少し先には二つ目の退避坑がありましたが、この横には土砂が溜まってしまっていました。
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さらに50mほど進み、全体の半分ほどに到達したあたりで急激に地面が乾き、かなり歩きやすくなりましたが…
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不思議な事に、地面の乾いたこの区間から何故か空気中の水分量が急上昇。最も濃い場所では照明を照らしてもこの状況…。ちんだるちんだる。
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そしていつものお友達、コウモリも登場。冬だからなのか全く騒がずに大人しくしていてくれました。
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石に眩しいよと怒られそうなので観察もほどほどにさっさと通過します。
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残りは100mほど。最初はあれだけ遠かった出口が鮮明に見えてきました。
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ここにも3つめの退避坑を発見。今までの全ての退避坑の位置ががとても規則正しい間隔にあるように感じられました。
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さて、出口に着きました。っておいおい…
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塞がってる!
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こういう状況で必要なのは気合と根性。何とかして出口に覆いかぶさった木や土砂を突破しました。
入洞から10分弱、
トンネル完全踏破!
↓↓↓↓【トンネル内部の歩行動画】↓↓↓↓
(※帰路で撮影したため、レポートと動画は逆行になっています。)

トンネルを抜け最奥の地へ

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長いトンネルを抜けた先は雪国…ではなくとなりの沢。
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トンネルから先は谷の暴れ方がまた過激になってきました。
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トロッコの通っていそうな右の本谷を選び進んでいきます。トンネルを突破した達成感もありましたが、更に探索してやろうというやる気が湧いてきました。
こうなったら、最奥まで制覇して全てを暴く!

続く
(※他ブログへ飛びます。)

隧道に関する考察(おまけ)
 探索を終了してからしばらくのことである。同行者のばか者氏と探索を振り返っている時、彼がある説を唱えました。それは
「トロッコは隧道内も木製の桟橋で通過していたのではないか」
という説です。ぶっ飛んだ奇説だなとも思いましたが、

・隧道の坑口がどちらも若干低い位置にある
・トンネル内にも桟橋を掛けた例の窪みがあった(らしい)
・終始手押しであったからそれほどトンネルにスペースは必要ない
・洞内の路盤に枕木や砂利のような痕跡が見当たらない

という根拠が挙げられます。また一方で普通に地面に線路を敷いたとも考えられ…

・隧道の坑口がどちらも若干低いのは単純に両側に土砂が堆積しただけ
・隧道は一般的な林鉄サイズで、桟橋では流石に狭すぎるのではないか
・仮に桟橋を掛けていたとしたら退避坑の意味が無くなってしまう
・洞内の路盤に痕跡が見当たらないのは60年前なのだから当然であるし、廃止時に撤去した可能性もある。


情報お待ちしています。