奥ゆかし廃探索記

 「奥ゆかし」の元の意味は、奥+ゆかし(行かし)で、「ゆかし」は見たい、知りたい、聞きたい、そして心惹かれるという意味合いを持っています。すなわち「奥に行きたい、より奥が見たい、心惹かれる…」そんな廃線、廃道、廃墟探索的な「廃」物件の探索などをメインに、さまざまな情報をだらだらと気楽に記録していくサイトです。

タグ:廃駅

 BRTに転換した「生きる廃駅」。 ※サークル「らるりんたす」公式ブログに投稿したものと同一記事です(サイト内貼付テストを兼ねています)。 ...

 ちょうど1年ほど前に公開した「久留里線 小櫃駅周辺旧線」探索。この時の探索は両日ともに天気が悪かったのもあってか、旧線の路盤や橋脚を見つけたものの、線形を変更したという0.1Kmの短縮区間を特定することが出来ませんでした。今回の記事はそんな探索にケリをつける内 ...

 千葉県の営業鉄道では3路線しか存在しなかったニブロクの軌道線である九十九里鐵道は、廃止になる最期まで「キドー」を貫きました。 ...

 関東大震災以降に郊外鉄道とセットという形で開発が進み、今では高級住宅街として日本の中でも知名度の高い街、田園調布。閑静な街の中にも、鉄道開発の血なまぐさい歴史と、その波に揉まれ続け消えていった、ひたすらに不運な盲腸線がありました。 ...

 特急の終着駅であり、駅名に「鬼怒川」を冠している鬼怒川温泉・公園のイメージがどうしても強くなりますが、東武鬼怒川線の終点駅はそれより先の新藤原駅です。「新」藤原駅という事は…ということで今回は藤原駅の探索をしてみました。 ...

 東武鬼怒川線の歴史は、1913(大正2)年1月に運転を開始した鬼怒川水力電気下滝発電所建設のための資材運搬軌道が前身で、後に下野軌道、下野電気鉄道となり、東武鉄道に合併されたのち現在は東武鬼怒川線になっています。そんな当線には各時代の様々な廃駅・旧駅・廃線が存 ...

現在は近代的な橋上駅舎の薬園台駅。旧駅舎時代のかつては異なる位置に駅がありました。 ...

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